げんろんのじゆう

人生は与えられたカードでの真剣勝負

読書録 21/4

4月は5冊読みました。

騙し絵の牙 (角川文庫)

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

実在の俳優にあてがきという珍しい背景を持った小説で前から気になっていた作品。映画(未鑑賞)の予告編を見たところ、嘘や騙し合いの連続!といった紹介でしたが、実際にはラストが読めたことも含め、大きな驚きややられた感はそこまでなかったように思います。

むしろこの作品が面白かったのは人間ドラマとしての側面で、(適当な表現か分かりませんが)出版業界に焦点を当てた池井戸潤作品のような印象を受けました。そのため満足いく作品ではありましたが、思っていたのと違ったのでやや期待にそぐわなかった感はあります。

 

雪密室 (講談社文庫)

雪密室 (講談社文庫)

 

法月シリーズ作品の第一作。オーソドックスなミステリーで、トリックに若干納得いかない部分はあるもののロジカルな謎解きは楽しい。最初と最後に分けて挿入されるエピローグの使い方が上手かったです。

 

新装版 頼子のために (講談社文庫)

新装版 頼子のために (講談社文庫)

 

上と同シリーズで、こちらは倒叙もの。といっても犯人が最初から犯行方法を自白している点で通常とは少し毛色が違いますが…

ハードボイルドテイストな主人公がかっこいいうえ、ラストがぞっとする鮮烈さで、作者の最高傑作と呼び声高いのも頷けます。タイトルも色々な意味で秀逸。「本格ミステリから足を洗ってハードボイルドの世界に転向してくれ!」という解説文で読後感を台無しにされたことだけが残念です。

 

月光ゲーム 江神シリーズ (創元推理文庫)
 

有栖川有栖のデビュー作。登場人物の多さが最後まで読みづらさとして残るものの、クローズドサークルもの&青春小説としてとても面白かったです。上に挙げた法月綸太郎と同じく、同名の探偵を作中に配置したり読者への挑戦をつけるあたり、クイーンへのリスペクトが溢れ出てますね。

いつ噴火するか分からない火山という舞台は、身内に潜むともしれない殺人犯の存在より怖かったです。犯人当てシーンはミステリーとしてはあまり好みではなかったものの、青春小説の切なさと相まって良い味わいになっているのが印象的でした。

 

こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

 

珍しく考えたことをしっかり書いているのですが、感想を読むとだいぶネタバレになるので未読の方は飛ばしてください。読みやすいのにインパクトのある短編3作なので、どうせ読まないしいいや、というのはもったいないと思います。

 

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3編を通じて、極端に視点を主眼に置いて情報を削ぎ落とした語り(特に前2編は三人称!)が印象的で、いずれもどこか歪みや欠落を内包した人たちが登場します。独特の作風ですが、現実の私たちとのリンク、そしてそれらの主題とするところは明確です。また、その特性上(といっていいのか)叙述トリック的な仕掛けがあって、ある意味読みやすいです。

 

表題作『こちらあみ子』では、いわゆる発達障害のような「普通ではない」女の子が主人公で、「異質」な人の視点を通した世界が展開されます。

あみ子の行動でたくさんの人が悲しい思いをし、その代償に暴力や無視などの報復を受けるのに、あみ子には全てがピンときていない。読んでいて常に独特の違和感や浮遊感がつきまとうのが何とも気味が悪く、あみ子の純粋さ=悪意のなさを分かっていてなお感情移入しきれないあたりに、「普通」の人と「異質」の人の隔たりを感じます。

一方で、あみ子の純粋さへの共感がない訳ではなく、現実世界に当てはめた際に「異質」を排除or忌避する方向にいかないためのヒントがあるのかなと思ったり。あとは隣の席の男の子、この子もそういった存在になりうるかもしれません。かなりズシンとくる作品でしたが、これがデビュー作って…

 

『ピクニック』は映画『花束みたいな恋をした』で繰り返し言及される作品で、読もうと思ったきっかけでもあります。感想から言うと、じんわりとした悪意のエグさに絶句しました。

常にフォーカスされている七瀬さん、そして視点となっているルミたちの語りは正当とは言えず、分かりやすく「嫌なやつ」である後輩が唯一信用できる語り手であるというところは何とも皮肉です。ストレートな悪意の方が歪んだ悪意よりマシというケースは割と身近にも思いつきやすいのではないでしょうか。

もちろん最も皮肉なのはラストの明るいシーンとそれを形容したタイトルですが、これどんな心境で書いたんでしょう…。

 

前述の映画では圧迫面接官や理不尽な大人に対して「きっとその人は今村夏子の『ピクニック』を読んでも何も感じない人だよ」という台詞が度々登場しますが、率直な感想としては、これ読んで何も感じない人間なんているの?でした。

そして「今村夏子 ピクニック 感想」でググった結果… 「私は何も感じない人でした…😭」という人がうじゃうじゃいました。マジで?

中には「謎のラスト」「本当だったのか嘘だったのか解釈が分かれる」「一気読みして何だか可笑しくなった」などの感想も散見されたのですが、正気かよ。だいぶ分かりやすく書いてあっただろ。

僕が怖いなと思ったのは、どちらかというと作品そのものよりも「これを読んで何も(または物語の正しい意図を)感じない人がいる」という事実でした。決してマウント取ってる訳でも馬鹿にしてる訳でもなく、現実の悪意やその歪みに気付かず過ごせる人は大勢いて、多分僕も違う視点においては何も気付かない人間の一人だろうということ、これらを突きつけられたことがとても怖かったです。

むしろ麦くんたちはこれらを好きな本の筆頭に挙げるくらいの「感じる側」でありながら、「何も感じない人」の存在によく気付けたなと思います。あるいはドマイナーとは言えないサブカルチャーを愛してメジャーを斜に構えて見てしまう2人のことなので、自分たちが「感じる側」であることを誇るための証跡としてこの本を愛していたのかもしれませんね。と書くと流石に穿ちすぎ?

 

『チズさん』はたった15ページの作品ですが、前2編に負けないパンチを持っています。個人的なイメージとしては、『こちらあみ子』は殴られて深く響く鳩尾の痛み、『ピクニック』は気持ち悪い靄への息苦しさ、そして『チズさん』はニヤつく痴漢と目が合った時の寒気のような感覚です。伝わるのかなこれ。

短さ故にイマイチ細部の解釈に悩むのですが(そもそも主人公の性別も心情も描かれていない)、主人公は老婆であるチズさんを弱者として見ており、潜在意識の中で優越感や支配感を持っていることは間違いありません。だからこそ照れながらも腰を支えてあげたりケーキを買ってあげてきたりするのに、意に沿う反応がなければ床を叩き、一人でまっすぐ立ったチズさんを見た際には逃げ出してしまいます。

無意識下のラベリングや正義面をした驕りがパッと見分からないように書いてあるのですが、そこに気付いた瞬間に「自分もやっているかも…」と思わされるのが怖い作品でもありました。

 

久々にこんながっつり感想を書きました。

ここのところ軽いエンタメを求めてミステリーしか読めなくなっているので、たまには重めなものや純文学も読みたいところです。